雪の中の鶴ヶ城(2006年1月 筆者撮影)
会津藩士の子供は、10才になると「日新館」への入学が義務づけられるが、その以前、6才頃から子供達には藩士としての心得が繰り返し教え込まれた。
朝起きると、先祖の霊を敬い(仏壇への拝礼)、そして、切腹の作法の練習等。そして有名な「什の掟」。
会津藩士の基本精神が幼少から叩き込まれる。
「什の掟」
一 年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二 年長者にはお辞儀をしなけれはばなりませぬ
三 虚言を言うことはなりませぬ
四 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五 弱い者をいぢめてはなりませぬ
六 戸外で物を食べてはなりませぬ
七 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです。
戊辰戦争(会津戦争)では多くの悲劇が言い伝えられている。
また、その一ヶ月ほど前には『二本松少年隊』(数え13歳~15歳)が同じく若き命を無残に散らしている。
歴史にして、わずか140年ほど前のことである。
また近年(平成に入ってから)、この白虎隊の生き残られた隊士の方が書かれた『戊辰戦争における鶴ヶ城篭城』の様子を克明に記したものが発見された。歴史家はおろか、家族のものもほとんど知らなかった事実が書かれていた。
雪景色に溶け込む姿は何にも比喩し難くも、その背景の悲劇・歴史に触れるたび胸の奥が痛んでならない。
だが、私は、この鶴ヶ城が日本で一番美しい城だと思っている。
この城の美しさに魅入られ、また足を運ぶと思う。
山口県に、この白虎隊に由来する絵がある(山口県萩市唐樋町 白虎隊自刃図)。
作者不明だそうだが、次回、山口を訪れたときには是非見たいところである。
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